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ボランティア活動 [ぶらぶら]

ライブを終えて、ホッと一息です。少しばかり風邪気味ではありましたが、よくぞここまで回復できたものだと思います。

私のオリジナル曲「遠野物語」を、そのイメージに相応しいアレンジで弾いてくださった、小場真由美さん。一年ぶりの共演です。そして、レッスン後駆けつけて参加してくださったのは、彼女とのユニット KenKobaで活躍中の住吉健太郎さん。
二人の息の合った演奏もあり、客席で楽しむ一幕もありました。

お客様から頂く「オリジナル曲が良かった」との言葉、「泣きそうになった」との感想。「追っかけ」を自認するファンの方からの辛口批評も大切な感想です。其々が次のステップへの踏み台になると思います。有難うございました。
yurimamikenkoba.jpg

年内のライブ活動は、こちらでおしまい。こののちは、弾き語りで参加するイベントでお目にかかります。
来年は、飛躍します。はい、うんとね。

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代償 [独り言]

十数年に一度、同じようなお誘いがある。
入会しませんか?買いませんか?の類だ。

お付き合いで一品や二品の購入をすることはある。セミナーのようなものもあるが、公共の施設に限ってしかも一度きり、見に行くことはある。何を販売しているのか、内部ではどういう事が行われているのか、どんな人が参加しているのか。知っておくことは役に立つだろうから。お勉強代だ。

それ以上の深い関りは、その場で丁寧にお断りをする。会合はその日を限りにする。
お断りを了承した人と、了承したうえでお付き合いの続いている人はいるけれど、大抵の人はそれきりになる。
私は申し出を丁寧に拒絶しただけで、それ以上でもそれ以下でもない。ただ、彼らにとってはそれが断交になるのだわ。くるりと踵を返して、物理的に精神的に 鼻先でドアがバタンと閉じる。そうして彼らは、「友人知人」と表題された顧客リストから私の名前を消すのだ。
彼らは知っているのか。それによって私の「友人知人」リストからも消えたことを。少なくとも知人ではあるけれど、「関わりたくない」という表題のついたファイルだ。

いろいろなことを経験し噛みしめてこの年齢になった。ここから先は再び、集団に属するが故の欲や得といったものと切り離された、個人と個人の交流を持ちたい。若く、何者でもない時代に知り合った人達との再会は、これからの人生の宝となり得る。それを考えたうえでコンタクトを取ってほしいものだと思う。 
今日は忙しいのでここまで。
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何故 記そうと思ったのか [癌と経過]

 告知から経過観察に至る一連の流れは、ここまでです。

 告知によるショック、嘆き、怒り、感謝、悟り・・・誰もが通るという心理的ステップがあります。(参照 キューブラー・ロスによる五段階モデル)心理学の本に書かれているこういったことを、私は半年足らずで高速で通過したように思います。勿論、早期発見だったこと。それが、気持ち的にも体力的にも余裕をもって治療にあたれた最大の理由です。しかし、己の感情に振り回されないよう、普段から冷静沈着を心掛けていたことは、大いに役立ちました。それでも、買ったばかりの車をぶつけたけれど。(どこが冷静沈着だ)

 こうして記録しよう公表しようと思ったのは、お読みになっている方に未病がもしあるなら、早いうちに見つかってほしい。調べて早く見つけて、適切な対処をして欲しいと思ったからです。検査は怖いかもしれない、多少は痛いかもしれない。検査結果が出るまでは不安かもしれない。でも、病状が進んでしまったら元に戻すことは出来ません。時間は巻き戻せないのです。もし万が一、良くない反応が出ても、生存率の高い立ち位置で治療に臨んでいただきたいのです。

 ステージ1と分かった時「助かる可能性は高い」と思い、転移がなかったとわかった時「生きててよかった」と心から思いました。抗がん剤治療についてはいろんな意見があります。大変な苦しみを経験なさることも知っています。私には不要でしたが、もし受容体が見つかっていたら治療の拒否はしなかったでしょう。エビデンスは、適切な治療をした時の数値なのです。

 民間療法は私にはわかりません。採用したい人はすればいいし、そうでない人は無視すればいい。でも代替治療として採用するのは疑問です。西洋医学か東洋医学かどちらか一方、あるいは他を捨てて〇〇療法に絞る。ひとつを選んだら、他方は捨てなければならないようなものではないはず。

 ちょっとした選択、ちょっとしたタイミング。不思議な力を感じずにはいられないのですが、そのおかげで私は一つの関門を潜り抜けました。公表したおかげで「実は私も」とカミングアウトしてくださる方が大勢おられました。その方々とは、いろいろなお話が出来るようになりました。幼子がいきなり懐に飛び込むような感じで、温かく迎え入れて頂きました。今に至るまでそれは、決して同病相憐れむようなものではなく、近い経験をした人間が緩やかに繋がっているというものです。

 勿論、病についてこうして公表するのはいかがなものか、と最初は思っていました。何故なら私は幸運でしたから。早期発見、転移なし。受容体が限られていたこと、体が辛くても自力で生計を立てなければならないという事もない。子供たちは手を離れ、親の身を労わってくれるほど大人になっています。半世紀無事に生きて好きなこともしつつ、平穏無事に五十代を迎えられました。記した病気は見つかりましたが、エビデンスを見ても五年後これが原因で死ぬことはないでしょう。所謂ドラマチックな話は一切ありません。でも、それが普通なのです。生きる、暮らすという日常が波乱万丈だと疲れます。

日々、微調整を繰り返しながら健やかにお過ごしになります様に。そのためにも体のメンテナンスをおざなりになさいませんように。変化があればすぐ。変化を感じなくても定期的に検査を受けられることをお勧めします。

 お読みになっている皆様が、お健やかでありますように。

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12月ライブはこちらです [スケジュール]

12月8日(金)
ゆりまみライブ
場所 奈良県奈良市新大宮にありますVanda Melilieにて

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出演 岡村ゆり vo
   小場真由美 pf

MC 2000円 
二人のオリジナルやジャズ、そろそろ良い季節なのでクリスマスソングなどもお届けできるかと。
どうぞお運びくださいね。

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10月29日は二本立て [スケジュール]

10月最後の日曜日は、ライブ二本立てです。
先ずは、「富雄フォークジャンボリー」奈良市 富雄駅徒歩2分にあります「Bar2nd」が会場です。出演者並びに出演時間は以下の通り。 チャージ200円


14:00 14:30  YURI OKAMURA
14:35 15:05  西村結生
15:10 15:40  RIKEN
15:45 16:15  ハルパ
16:20 17:00  瑞織
17:05 17:40  ナンシー
17:45 18:20  屋根裏
18:25 19:00  TOSINORI WATANABE
19:05 19:40  落合謙司
19:45 20:20  ハッピーエレファント
20:25 21:00  籏野ヒロキ
21:05     終わる迄 吉川& SAY ※ ゲスト有り
私は一番バッターで歌わせていただきます。
皆様にも歌っていただけるよう、ちょっとした仕込みがありますので、乞うご期待。

そして、続きましては先日ご紹介したこの↓コンサート。
bigband.jpg
こちらはドレスなんか着ちゃったりしてww
夜の8時より出演です.
どうぞお楽しみに。祈るは台風が避けてくれることだけ。

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最初の定期検診 [癌と経過]

 診察室に向かう時はいつも、敢えて階段を使う。前回来た時と、良くも悪くもどのくらい体調が違うものか、足取りで確認するためだ。
今日の足取りには力があった。順調に回復しているといえよう。
 受付の方に挨拶をする。
「おはようございます。」
「あ、もう一か月ですか?変わりないですか?」
「えぇ、ちょっと〇〇が〇〇でね。」
「あら。それは先生にお伝えしてくださいね。」
 診察室に入るやいなや、気になることを一気に訴えた。傷口のみではなく、放射線治療を受けた領域が結構な熱を持つこと。皮膚のかゆみが酷いこと。
 回答は明確だった。放射線を当てることによって、患部が火傷をしたようになっている。これにより汗腺がふさがって汗が出ない。発汗による体温調整ができないため、熱がこもるのだと。皮膚のかゆみは汗が出ないので乾燥するからということだった。
人間の体ってすごい!!
 体調の回復に合わせてウォーキングや軽い筋トレを始めていて、その後にひどくなるのが常だったので、説明を聞いてやっと腑に落ちた。納得すればこっちのもんというところで、一気に元気になった。現金なものである。
「皮膚は少しずつ良くなりますが、完全に元には戻りません。」と、申し訳なさそうにドクターが仰る。
「あ、それは全く気にしていません^^。原因が判ったらそれでいいんです。内的な要因があって発熱しているのではと、実は気が気じゃなかったんです。」

看護師さんから「冷やしてくださいね。あと、保湿も。」と指示を受けて、明るく「はーい」と返事をして帰ってきた。あとは日にち薬。よしよし。


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ライブご案内 [スケジュール]

京都のビッグバンド「ニュー・シャープ・ハード オーケストラ」が出演します。私も歌います。
沢山の方にお聴きいただけますように。 無料

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外科的治療から内科的治療へ [癌と経過]

 放射線治療は長丁場なので、途中で例えば風邪ひとつ引いても、治療は延期される。冬場など、インフルエンザにかかってしまい、長く休まざるを得ない方もおられると聞いた。季節柄、私は幸いにしてそういうこともなく、あるいは真夏で、身体に書かれたインクが汗で流れ落ちることもなく、スケジュール表通りに治療が終了した。

 乳腺外科の診察が再開したのは、最終治療日から2週間ほど間隔を置いてからで、上記のようなイレギュラーが起こった場合を想定して、予備日を加えてあるからだろう。スケジュールも含めてあれこれ考えられてあるのだなぁと、冷静に振り返ってみて静かに驚く。

 さて、ここからは女性ホルモン抑制の治療が始まる。
 飲み薬を今後五年間続けるというものだが、女性ホルモンの減少を促す治療は、しかし、骨粗しょう症になる可能性も高く、今日はその検査があるという。検査結果は患者にも渡して頂けるので、自分の状態が判るのはありがたい。今回の検査によると数値は正常範囲内で、加えて他のお薬を処方していただく必要はなかった。骨粗しょう症予防薬だか何だか、というものもあるそうで、いまや痒い所に手が届くのだと、ここでも静かに驚いた。

ひと月服用してから再度血液検査を受けた。こちらも異常なし。投薬による目立った影響もなく、このまま服用を続けながら定期的に診察を受ける生活に突入したわけだ。

 病院に行くことはここから先めっきりと減る。徐々に今までの生活が戻ってくるだろう。しかしながら、一旦は命の締切りを突き付けられたことを私は忘れてはいけないと思う。
 お薬は1日1錠。1年で365錠、5年で・・・。そのうち慣れますと言われても、まだまだ副作用のあれこれは身体に生じている。思うように動けない日。前日の分を取り戻すかのように、活気づいて活動する日。またまた寝込む日。波はあるが、少しずつ確かに回復している。薬が1つ減るごとに1日が終わるのを、ひとつの目安のように思う自分がいる。

 ステージ1、転移なし。
 早期発見による恩恵を受けたと思う。しかし、一瞬とはいえ命の締め切りを突き付けられたことは、私の大きな転機となるであろう。漠然とした希望を目の前にしながら、このまま掴み切れずに人生が終わってしまうのか。私は何をしてきたのだろう。もう手に入らないのか。流し台を前に悔し泣きした日を、私は忘れないようにしなければと思うのだ。 
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放射線治療 下旬 [癌と経過]

 四週目にもなり、残り日数が減るにつれて、疲労感の蓄積が目に見えるようになってきた。放射線医からは 「あともう少しですので頑張ってください。」と言われるのみ。わかってるんですそれ以外仰れないことは。でも問診は記録されているようなので、資料として後々残れば何かの足しになるかと思って「しんどいです~~」と言ってみる。普段泣き言を言わない私の、唯一甘えられる数分だった。

 照射の後半戦は「あと何回」と、一回一回を終えることが目標になるほど倦怠感は増していた。マジックで囲まれた照射部位は黒く変色し始めていた。健康的な日焼けとは無縁の薄黒い皮膚は熱を帯びるようになり、患部に当てた冷却剤はすぐに融けた。最低限の家事を、それも野菜を剥いては横になり、炒め物ひとつしてはソファに直行しながらこなした。夜の静けさのなかベッドで目を閉じていると、背骨がまるで流木の如くになり、深い波に飲み込まれていくような気さえした。(詩的だがこれは立場上仕方ない。こんな時も貪欲なのよ)

 そうして迎えた最終日。ダウンジャケットは薄い春のコートに変わっていた。お化粧をする気力はなかった。家を出る前に覗き込んだ鏡に映る自分の頬は、1㎝くらい力なく下がってみえた。一気に老人になったような顔に驚きを隠せなかったものの、今日で終了というのは飛び上がるほど嬉しかった。

その後少しずつ、薄紙を剥がすように体調は回復していった。

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放射線治療 中旬 [癌と経過]

 放射線科には、だいたい同じ時間に来るようにとの指示があった。照射室には一度に一人、十数分の時間がかかる。混みあわないようにという配慮だろう。
 毎日毎日同じ時間に行くと、待合室では同じように通院しておられる方と顔見知りになる。そのうち、言葉を交わす機会もうまれた。「あとどのくらいですか?」「私は今週で終わります。あなたは?」そんな程度でも、小さな空気抜けにはなった。なので出来るだけ声をかけるようにした。

「大丈夫ですよ。」と励ましてくださる人。
「お互いもうちょっとですね。」と励ましあえる人。
「全摘して乳房再生したいと言ったのに、温存と言われたんですよ!」と、まくし立てる人。

 それはそれはさまざまだった。こういう時に人柄が出るものだなぁ、それは病の程度には関わらないのだわ。みんな不安なのだ。私は、不安を表す人には、出来るだけ思いやりのある態度でいたいと思った。

 照射三週目ともなると、なんとなく横になる時間が増えてきた。病院に週5で通勤しているようなものなので、その疲れもあっただろうか。治療後のランチも買い物も億劫になり始め、さっさと家に帰るようになったのはこの頃からだ。
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