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年度末は大波乱 [考察]

 春の嵐が吹き荒れて、桜を散らす四月です。daibutu sakura.jpg

いろいろとありまして、ブログの更新に意識が及ばず、はや4箇月経過しておりました。(ログインの仕方を忘れるくらいって、どんだけ離れてたんだ)

 イベントやらアクシデントやらがひっきりなしの、けたたましい障害物競走をやっとこ通り抜けたと思ったら、ゴールのテープが鉄条網でした。

 途中経過なので、まだアップする気にはなりませんが、これは多くの女性にも知ってほしい。少し纏めてから、記録として残したいと思います。

有難うございました2015 [考察]

 一年が足早に去っていきます。

 突然始まったライブ活動から 丸6年を超えました。さあ、ここから本番と云える時にいきなり大学に編入し、家族や音楽関係者を驚かせ、果ては大学の教授をも 異質な学生の登場で面食らわせたのが二年前。それももう終わります。
 他のミュージシャン、特に歌手の方々が頻繁にライブ活動を続けておられる姿を横目で見ながらの日々でした。焦りがないわけじゃない。大きな舞台を踏む知り合いや、CDを発売する知り合いがどんどん増えていくにもかかわらず、私はここで何をしているのか。ここで何を得られるのか。本に答えはない。そもそも何を探しているのか。どこに琴線に触れるものごとが潜んでいるかもしれない、どこかに突破口があるやも知れない。あちこちに足を運び、人と語り、本を読み、自分に問うの繰り返し。ボールペンが毎週一本空になるほど文字を書き、いつしか書き散らしたノートは束になりました。
「ここまでこの歌を歌える人はそうそういない」という評価をいただいたり、歌いながら涙せずにおられない曲や泣きながら創る詞が増えてきたのは、もしかしたら少しは自分の核に一歩近づいたからかもしれない。それは薄紙を剥がすようなゆっくりとした按配でも。
一枚もう一枚・・・私自身が知りたくもなかったものが もしかしたらそこにはあるかも知れないけれど、現れるのを待つことにいたしましょう。
 あぁ、生きるとは痛みを伴うことですね。せめて皆様に穏やかな時を持っていただけますように。それが私の歌が出来る仕事やもしれません。
 
 どうか皆様の新しい年が良きものでありますように。           それではまた来年。

親子カーリング [考察]

  いつまでも子供を過保護する親と、過干渉されている事に気付かず 親の言う事を聞く子供の図を私は
「親子カーリング」
と呼んでいます。
  あなたの進む道はこっちよ〜!と床を掃き清めるのに必死なお母さん。磨けなくなったら どうするんでしょう?時代は急速に変化していきます。繰り返して元に戻っているように見える物事もありますが、昔と同じではありません。親が手を出せない年齢は親にも子にも来ます。確実に親は年を取り、いつか先に逝く。子供はその時代を担う年齢になります。子供が自力走行出来るよう、少しずつ手放してください。弾き飛ばされないように、弾き飛ばされても自分で戻ってこれるように。

「今」を留めるもの なんとなく徒然 [考察]

 「今」は過去に流れ去って行って ここにはない。
 人は その不安定な状態をただ受け入れざるを得ない。
 時を止めたい 拠り所が欲しい。
 それが天体観測になり
 それが 暦を作り
 それが 詩を生み
 それが 時を管理する

 法則性 規則性 

 混沌からの脱却

 芸術がなぜ高尚なのか

 一瞬の中に永遠を作り出し

 秩序を生み出すから

 支配者は 秩序を支配する

 季節を支配し 暦を支配し 時を支配する

 支配者は何故 芸術を 芸術家を重んじるのか

 そこには秩序があり
 彼らは 秩序を生み出す人だから

 秩序を作る人が 芸術家

 生み出された秩序を表現するのは職人

 


次の一手2016 [考察]

 人はいろいろな物事を学び吸収し、その中でいろんな癖が付いていきます。元に戻すって大事。(と、マッサージに行って悟る私)

 さて、先日より取り組んでいる ある事が一歩前進しました。自分のしようとしていることは決まっているけれど、どう評価されるかでそれが沢山の共感を得られるかがわかる。少なくとも第一関門は突破したので、プラスの方向に向いているのでしょう。
いろんな夢はあるけれど、
「夢を実現する最良の方法は、夢から覚めることだ」( ポール ヴァレリー)

年末年始 この件で忙しくて、リーダーライブはしばしお休み。
時々 どこかのお店に出没しては 飛び入り参加で歌います。神出鬼没にお付き合いくださいませね。




だから言ったじゃないの(^^)♪ [考察]

 エネルギー体流入 チャージ完了といったところでしょうか。お神籤をひとつ頂いたところ、


daikichi.jpg


「大吉」
しかも 
「第一番」

我ながら すごい!!

ただし、色と酒に溺れない様に(笑)

不思議な体験 [考察]

それはそれは 不思議な感覚でした。

霊験あらたかと言われる名刹に詣で、手を合わせている最中のこと。

何かが私の中に流れ込んでくる。

「入ってくる!入ってくる!」

それは顔の真正面から私の中を満たしていきました。

その流れる何かには形はなく、でも私に向かって 私の中に向かってくる。そのエネルギー流体とでもいうものは 私の顔面から内へ。すぐさま後頭部に到達し 一瞬で頸部から肩胸背中へ。そしてそのエネルギーで私の体は充満しました。蝉の幼虫が窮屈そうに殻を突き破るその姿にも似て、私の表面を覆っていた甲殻(そんなものがあったことを この時に初めて感じたのです)には無数のヒビが生じました。

不思議な感覚でしたが 全く恐ろしいとは思いませんでした。
エネルギーが充填され、殻は割れました。
ここから何が出てくるのか。私はどのように変容するのか。
予想外の何かが始まりそうです。




もうすぐ新学期(小学生か) [考察]

え~~~、現在女子大生(しつこい。)後期の始まる前に学費の納入指示書と保護者会の案内状が届きました。


保護者会!!

卒業袴の案内もまた届いたし。そんなに袴を穿かせたいですか。「柔」歌っちゃいますよ。

https://www.youtube.com/watch?v=GPkiODuEIhQ

昨夜のライブのお話はまた今度。

引き算 [考察]

 学歴が高くなりました。いや、高いというより長くなりました。長学歴です。

 日本における大学進学率は目をみはるばかり。でも内情はというと、大学を出ていなければ 少なくとも思う就職先の選抜スタートラインにも立てないという現実があります。長年に及ぶ不景気、経済的負担の大きい大学の学費と 加えて地方出身者にあっては 下宿代や個人の生活費その他もろもろが大加算される事実。奨学金を借りて何とか4年それ以上かけて卒業したものの、正社員の口は少なく 就労者中どんどんその割合を増す派遣社員。お給料も少なく社会保障も低く、通常180か月にも及ぶ奨学金の返済。
「結婚もしたいとは思う」
「子供はいつか欲しいと思う」

 いつか・・・っていつですか。

「まだもうちょっと遊びたいし」
「子供ができると縛られるし」


自分と同じように 子供を大学卒業させるなら、少なくとも宿ってから23年先になります。
その時あなたは 幾つになっていますか?

あなたが24歳なら        24+23=47
あなたが29歳なら        29+23=52
高齢出産までには何とかというなら 35+23=58

これは足し算。
例えばあなたが今24歳。仕事にも慣れ 少し貯金もできました。将来を約束した人はいないけれど今は仕事と遊びが楽しくて、でも将来的にはいい人と出会って結婚して 子供を持って・・・と思っているなら その子供が成人する時 自分が幾つになっているかを知り、そしてその年齢にある周りの人を見てみましょう。

 50歳で成人 まだまだ現役で体も思い通りに動かせる時に子育てリタイヤ。夫とダブルインカム。老後資金もためながら 時々海外旅行なども気楽にできる。
 でも60歳なら?
 40代の育児は大変だったはず。おまけにそろそろ体のガタも来ていて、それでも大学生の子供がいて学費がかかる。早期退職もできない、新たな仕事をするには年を取りすぎた。50代では感じなかった億劫さが何度となく訪れる。


異論反論はあると思います。でも、出産と育児は早いほうがいい。
長学歴になり、男女同権とか経済的自立とか 自由なのか何なのかに押しやられて 生命体としての旬は忘れられ 生物学的な限界はどんどん近づいてきます。

今一度 よく考えて。

「自由」ってなんなのか。
「遊び」って何なのか。
新たな命を生み出すことは「縛られる」ことなのか。
「いつか」はいつなのか。

あなたの思い描く人生のある時点から 今を引き算してください。それほどの時間がないことがよくわかるでしょう。
エスカレーターを駆け上がる必要はない。でも 20代の人生、決める事は沢山。

さあ、急いで!



 

何をしたいかどこへ行きたいか [考察]

 夢のような事を思っています。たぶんそんなことは叶いっこない、だから思うだけ無駄だと 自分の気持ちに蓋をしていました。
 願い叶って こうして好きな歌が歌え、お仕事を頂戴できるようになっても これ以上望むことはないのだと、次の夢を見ることに躊躇していました。
 でも、叶うかもしれない。叶ってきたのだもの。こんな夢が自分の中にあったのだと解った今、堂々と叶えるために動こうと思います。

行きたいところがあるなら、その場に居るに相応しい自分でいよう。

したいことがあるなら、それをしているに相応しい自分でいよう。

叶ったとき、ご報告します。